「車で帰省するか、それとも両親に来てもらうか」、「高速列車にするか、それとも飛行機にするか」。祝日になると、一家団欒や旅行の日程をどのように組むかが多くの家庭で話題になる。「移動が大変」だった以前と異なり、現在は交通が便利になり、選択肢も増えている。

列車に初めて乗ったのは、1993年に家から離れた軍校に合格した時だった。当時は力強い音と長い煙をあげる列車に憧れ、鉄道の向こう側に自分の夢があると思っていた。しかし、混雑した列車で20時間以上立ち続け、旅路の辛さとやるせなさを感じた。その後、春運(春節帰省ラッシュ)の大軍、ゴールデンウィークの混雑に加わり、車窓、椅子の背もたれ、ひまわりの種・ピーナッツ・インスタント麺を食べる音に慣れていった。旅路は苦しいと思うほど長く感じる。

時間が列車のように過ぎ、今では緑の列車は高速の「復興号」に変わり、乗車券は夜中に並んで買う必要がなく、オンラインで予約できるようになった。中国の高速鉄道総距離は世界一、航空輸送規模は世界2位につけ、村に「最後の1キロ」の道路ができ、車でどこにでも行けるようになった。山は高くなく、道は遠くなく、いつでも自然を越えていける。

空間の中に永遠に恋しいものが2つあると言われている。1つは故郷、もう1つは遠方である。学業にしても出張にしても、親戚訪問にしても観光にしても、遠くに行くと最も直接的かつリアルに時代の脈動と社会の発展を感じることができる。道は同じでも、「中国号」列車がどのような姿で歴史の中を走っているかは時代によって異なる。

行く道は発展の道を繋ぎ、足並みは国の進歩を表す。70年の厳しい道のり、70年の切磋琢磨、70年の大量の蓄積と少しずつの放出。満身創痍、一に貧窮二に空白の状態から始まり、苦労と奮闘を重ね、中国の交通事業は世界から注目される歴史的実績を上げ、四方八方に通じる立体交通網を形成し、大国復興の道を築いた。鉄道を例に挙げると、中国の鉄道の営業距離は1949年の2万1800キロメートルから現在は13万1000キロメートルに伸び、時速は350キロに上がった。鉄道網の延長、交通の巨大な変化、人と貨物のスムーズな移動の常態化に伴い、無数の人に夢の空間が切り開かれた。

「愚公移山」の物語から「蜀道の難きは青天に上るよりも難し」というため息に至るまで、交通が便利になることは庶民の素朴な望みだった。新時代、人々は移動速度だけでなく、品質の改善、国家運命共同体と共同発展の中でより素晴らしい生活を送ることを望んでいる。省境の料金所が撤去され、高速道路がよりスムーズになり、サービス方式が革新され、高速鉄道の乗客が出前を注文できるようになり、定時運行率の向上のための様々な措置と努力が行われている。今日の道路網は過密になり、列車は速度が上がり、サービスは改善され、中国は「人と物流が思い通りに移動する」というビジョンに向かっている。経済成長が進むたびに、人民の生活は改善され、党の変わらない初心と使命を載せている。

「新故ともに絵巻を形成、丹青妙手翠峰に向かう」。今日の中国は世界最大の海外旅行客源国になり、中国人は行きたいときに海外旅行ができるようになった。巨大な変化と奮闘の結束力を感じ、現代化の道で着実に歩を進めることで、再出発の力を合わせ、民族復旧を新たな段階に押し上げ、新たな栄光を記すことができるに違いない。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2019年10月9日