中国障害者芸術団の邰麗華団長

アテネパラリンピックの閉会式から中国中央テレビの「春節晩会」のステージ、国際巡回公演にいたるまで、中国障害者芸術団の多くの名作の多くのダンサーで創作者である邰麗華氏はこのチームを引っ張って世界中で人類の特殊アートの魅力を伝えてきた。ステージで、彼女たちは神聖で清らかな「千手観音」、『雀之霊』の軽やかに動く鳥、『我的夢』の運命と戦う勇敢な夢追い人である。しかしスポットライトが当たらない場所で、聴覚障害を持つ役者はどのような努力をし、美しい踊りをマスターしているのだろうか。中国網の記者はこのほど、中国障害者芸術団のもとを訪れ、邰麗華団長を取材し、障害を持つ役者の「音のない」世界を探った。

1987年、芸術をこよなく愛する30人以上の障害を持つ役者が第1回中国芸術祭に参加し、中国障害者芸術団の発足を発表した。2002年、芸術団は国家プロ芸術団体になった。2004年、若干28歳の邰麗華氏は芸術団のトップに立った。団長に就任してから、邰麗華氏は毎日非常に忙しく、芸術団の日常のトレーニングや国内外での公演、国内の役者の文化教育、さらには生活サポートまで全てを自ら行った。

芸術団の発足から32年で、世界の100以上の国と地域に行き、2000回以上の公演を行い、世界から高く評価された。邰麗華氏にとって、芸術団の成果は世間から認められることだが、彼らは向上し続けた。「今後も人文精神を備えた芸術作品を創作していく。中国には多くの輝かしい芸術と文化があり、私たちそれぞれが心を落ち着かせて良い芸術作品を作り、中国の物語を伝え、世界により多くの中国の声を広める価値がある」と邰麗華氏。

文化授業を受ける障害者芸術団のメンバーたち

聴力障害を持つため、ダンサーが動作を音楽に合わせるには普通の人以上に努力しなければいけない。幼い頃に聴力を失った邰麗華氏はその難しさをよく知っている。邰麗華氏は、「動作を覚えることは聴覚障害を持つ子供にとって大きな試練。健常者は音楽を聴きながら覚えることができるが、彼らは先に音楽のリズムを心に刻んでから動作を練習するしかない。手話講師が音楽のリズムを役者に伝える。例えば、どこが8ビートの弱拍か、どこが強拍か、彼らが音楽のすべてのリズムを覚える手助けをする。ステージでは2人の手話講師が両側に立ち、パフォーマンスを指揮する」と述べた。

練習のコツについて、邰麗華氏は「コツなどない」と笑いながら首を振り、「多くの人が聾啞者の踊りの練習は難しいと思っているが、私たちにとっては習慣になっている。踊りを覚える唯一の方法は覚えて、さらに覚えること。同情の目で見るのでなく、美しい心で私たちの公演を見てもらいたい」と話した。

トレーニング中の障害者芸術団の役者たち

邰麗華氏は今はステージには立っていない。中国障害者芸術団の団長として、彼女は他の障害者のダンサーの夢をサポートし、彼らにそれぞれの発展の道を提供している。「チャンスを多くの若者に渡すべき」と彼女は話す。

芸術団の仕事のほかに、邰麗華氏は全国政協委員も勤めている。彼女は中国の障害者事業の発展に関心を持ち、自身の努力を通して障害者のために「代言」し、彼らがより多くの「幸福感」を得られるようにしたいと考えている。

「3回の政協委員を務め、自らが担うべき責任を深く感じた」と話す邰麗華氏はここ数年、障害児の特殊教育や看護手当など多くの障害者に関する提案をしている。彼女は、「自分の提案により多くの障害者が学校に入れるとよい。今後も障害者のために意見を出し、全ての障害児が教育を受けられるようにしたい」と述べた。

また邰麗華氏は、「近年、中国社会で障害者事業の発展に対する意識がかなり向上し、障害者の平等参与・融合共有という目標は実現に近づき、障害者に関心を寄せる雰囲気が濃厚になっている。私たちの目標は障害者に平等参与・融合共有させること。新時代において、みんなが障害者のリハビリ問題を重視し、多くの障害者がより良い教育を受け、就職や起業し、社会に平等に参与し、社会に障害なく溶け込めるようになるとよい」と心の声を語った。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2019年6月12日